箱庭コント「続・気にすんなの魔法」

前段

「気にすんなの魔法」の続き

【登場人物】
真木 まき
:ここあん村立図書館副館長。現実をふんわりと受け止めるメルヘン主義者。
菜箸 千夏:ここあん村立図書館主任司書。完璧な秩序と分類を重んじ、隙を見せない。

【場面設定】
ここあん村立図書館内。真木まきが作業中の菜箸千夏に話しかける。

真木まき:千夏さん。さっきね、ある方に「気にすなくていいよ」って言ったの。誰とは言わないけれど。

菜箸千夏:気にするな、ですか。慰め、あるいは寛容の表明ですね。

まき:そう。そしたらその方、これまでの人生で一度も「気にするなよ」って言葉をかけられたことがないって、愕然としていたのよ。

千夏:一度もですか。いくらなんでもそれは。少し待ってください。私の脳内インデックスを検索してみます。

(千夏、空を見上げて思考する)

千夏:検索結果、ゼロ。私も言われた記憶がありません。

まき:えっ、千夏さんも。

千夏:はい。私はそもそもミスをしないよう完璧な運行計画を立てますし、万が一エラーが起きても、誰かに慰められる前に3倍の速度で事後処理を完了させますから。他者が私に「気にするな」と声をかける隙が存在しません。

まき:どこかで聞いたような。その3倍の速度の話。でも、なんだか少し可哀想になるなあ。

千夏:可哀想とは心外です。そういう副館長は、言われたことがあるんですか?

まき:私? そうね。私が何か失敗しても、みんなニコニコして終わるのよね。私もニコニコしているし。わざわざ「気にするな」って慰められた記憶は、ないかもしれないわ。

千夏:完璧主義者も、メルヘンの国の住人も言われたことがない。考えてみたら、この村の人たちは、極端に自意識が強いか、あるいは、他者の失敗を「そういうもの」として丸ごと受け入れてしまうか、のどちらかなんですね。

まき:ふふふ。誰かが失敗して凹んでいても、「気にしないで」って傷を撫でるというより、そのまま大きな鍋に入れて、一緒に煮込んじゃうような?

千夏:煮込むというのとは、でも、まあ、はい。割れた器のヒビを隠さずに、そのまま新しい景色にしてしまうような、と言ったほうが。つまり、失敗を「気にするな」と無かったことのようにする、標準的な慰めの言葉が入り込む隙間が、そもそもこの村には存在しないんですよ。

まき:なんだか、優しいんだか、乱暴なんだか分からないわね。

千夏:ええ。独自の生態系です。池袋に行くと、こうはいかないと感じます。実際、2度ほど聞いたことがあります。(何かに気づき)あっ。だとすれば、さっき副館長がその方に言ったのが、ここあん村史上初めての「気にするなよ」だった可能性は極めて高いですね。

まき:なんだか、急に不安になってきたわ。私の思い過ごしじゃなくて、その言葉、ちゃんと辞書には載ってるわよね。

(千夏、デスクに置かれた分厚い国語辞典を引く)

千夏:大丈夫です。載っています。

まき:よかった。架空の魔法の呪文を使っちゃったのかと思ったわ。

千夏:でも、誰も使わないなら、死語と同じですね。私たちの手で、もっと村に普及させるべきかもしれません。例えば、私が次にコーヒーをこぼしたら。

まき:その時は、「気にするなよ」って言ってあげるわ。でも、千夏さんがコーヒーをこぼすところなんて、想像できないけど。

千夏:ええ。私も、こぼすつもりはありません。

まき:ほら、やっぱり普及しないじゃない。

(幕)

作・千早亭小倉

[コント台本・小説500本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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