【登場人物】
古河 モン太郎:編集プロダクション「ぽんちょ」社長。理屈よりも熱量を愛する豪快な男。
辻 さゆり:フリーランスの校正者。普段は事実と論理を重んじるが、テレビドラマの話題の時だけは鎧を外し、寛容になる。
【場面設定】
「ぽんちょ」のオフィス。仕事の合間の休憩時間。コーヒーを飲みながら、モン太郎がさゆりに映画の話を振っている。

古河モン太郎:さゆりさん、この前、久しぶりに『ボーイズ・ドント・クライ』を観返したんだけどよ、ヒラリー・スワンクの演技は本当に神がかってるな。性別の壁や周囲の偏見に葛藤しながらも、ただ「自分らしく生きたい」って魂の叫びがヒシヒシと伝わってくるんだ。
辻さゆり:役名は、ブランドン・ティーナでしたね。よく覚えていますよ。あの映画で最初のオスカーを手にした時の衝撃は、私も忘れられません。
モン太郎:そう、ブランドンだ! ハリウッドの綺麗なだけの女優の枠に収まらず、泥臭くて剥き出しの感情をスクリーンに焼き付けた。よくあるテレビドラマの記号化された演技とは完全に一線を画してるぜ!
さゆり:(少しだけ口角を上げ、面白がるように)社長が「テレビドラマの演技とは違う」と仰ったので、少し言いたくなってしまったのですが……実は彼女、若い頃はテレビドラマの世界でもがいていたんですよ。
モン太郎:え、そうなの?
さゆり:ええ。何より、ブランドンといえば……彼女、『ビバリーヒルズ青春白書』の第8シーズンにレギュラー出演していたんです。でも、視聴者の反応が悪いという理由で、途中で降板させられてしまって。当時は「テレビドラマにすら見捨てられたら、もう役者としての未来はない」って、どん底まで落ち込んだらしいですよ。
モン太郎:なるほどなぁ! まさに、「ヒラリー、どん底でクライ」だな!
さゆり:社長……いまのは、私がこれまで生きてきた中で、いちばんつまらないダジャレです。
モン太郎:うわっ、厳しけど、いちばんってのはいいもんだね! でもさ、ビバヒルっていえばブランドンだろ? ブランドンが主役のドラマをクビになって、別のブランドンを演じてオスカーを獲るなんて、数奇な運命を感じるじゃないか。それこそ、「ブランどんなもんだい!」って感じだろうな?
さゆり:……たった今、いちばんつまらないダジャレの記録が更新されました。
モン太郎:まあな、ヒラリーも日本語わからないだろうしな!
さゆり:(手元のコーヒーカップを見つめ、少し柔らかい声で)その直後に、あの『ボーイズ・ドント・クライ』のオーディションの話が舞い込んできたそうですよ。もし『ビバヒル』をクビになっていなくて、スケジュールが埋まっていたら、あの運命の役には出会えていなかったかもしれない。……そういうご都合主義みたいな展開が本当に起こるから、ドラマも現実も、面白いんですよね。
(幕)
作・千早亭小倉





