箱庭コント「大人の世界」|地層3

これは地層3初期を支えるものがたり。ここあん村に「今」があるなら、7、8年前くらい? 知らんけど。前段は、箱庭コント「ビル風の縁結び」に。

【登場人物】
真田 まる:編集プロダクション「ぽんちょ」に出入りするフリーライター。柔らかな関西弁で、他者の暴走をユーモアで受け流す。
宏原 こはぎ(のちのおはぎはん):ここあん高校生。コロッケを死守して「ぽんちょ」についてきた。面白そうなことに目がない。
臼葉:「ぽんちょ」社員。奇行が多いが編集能力は高い。「なぜ自分には苗字しかないんだ」が口癖。
鶴亀 昌子:「ぽんちょ」社員。激務の限界を超えると「思考停止」してスルーする究極の防衛術を持つ。

【場面設定】
ここあんタワーが完成して数年。ビル風の抜け道を通り、編集プロダクション「ぽんちょ」のオフィスにたどり着いた、真田まると宏原こはぎのふたり。なお、当時の「ぽんちょ」は総房地区の雑居ビルにあり、椎名町三丁目に移転するのは、のちのこと。

(「ぽんちょ」のオフィスには大量の資料が積まれている。鶴亀昌子が、モニターから一切目を離さず、無表情で一定のリズムでキーボードを叩いている)

真田まる:はあ、戻りました。かめちゃん、タワーの下、えげつない風やったわ。

宏原こはぎ:(紙袋からコロッケを取り出し、サクッと音を立ててかじる)美人のお姉さんのおかげで、冷めへんうちに食べられたわ! この会社、本がいっぱいあって秘密基地みたいやね!

鶴亀昌子:まるちゃん、お疲れ。(タイピングの手を止めずに、虚空を見つめて)そっちの大声さんは高校生? ここに高校生が迷い込むなんて、雪でも降りそう。

まる:8月ですよ?

こはぎ:こはぎです。ここあん高校に通ってます!

(こはぎの大声で、書類の束が崩れそうになる。それを押さえるようにして、オフィスの奥から、臼葉が現れる。手には、プリントアウトされたA4用紙の束)

臼葉:(ぶつぶつと、誰に言うでもなく)あります。企画なら、あります。タワーの「ビル風」というエラーを、イベントの動力源として逆利用する企画が。

まる:あ、臼葉さん。また徹夜で変なこと考えてたん?

臼葉:変なことではなく、ここあんタワーをよりビッグにするPRイベントの企画です。(手にした用紙の束の乱れを、デスクに執拗にトントンして直そうとする)そして、考えていたのではなく、クラウドにストックしてある3200本の一行企画から抽出して、整理しただけです。

まる:ありがたいような、ありがたみが減るような。

臼葉:例えば、 「1.タワーの最上階からルビを振った1万枚の原稿用紙をばらまき、ビル風の力でここあん村を文字で埋め尽くす!」「2.ビル風の風切り音を録音し、逆再生して古代の祝詞を復元する!」「3.タワーの周りに巨大なシャボン玉製造機を設置し、虹色の粘液で街の視界を物理的に遮断する!」、そんな感じです。

まる:臼葉さん、原稿用紙ばらまいたらって、それ、あとで町内会の人にこっぴどく怒られるやつやね。シャボン玉も、粘液になったらただの公害やわ。

臼葉:ですよね。(といいつつ、まったくこりた様子もない)「4.タワーの壁面でボルダリング大会を開催! 参加者は風速10メートルの風と強風に煽られながら頂上を目指す!」「5.タワーを巨大な鉛筆削りに見立て、削りかすをビル風で飛散させてアートを作る!」「6.ビル風で発電したエネルギーを利用し、夜空にオーロラを投影してここあん村を北極圏に強制シフトさせる!」「7.タワーの影を使って、午後3時きっかりに『白』の字を地面に浮かび上がらせる!」とか。

まる:「白」? なんで?

臼葉:時間の経過とともに『白』が、『臼』の字に変わっていくんです。そして、「8.ビル風に乗って空飛ぶタクシーを飛ばす!」、あ、これはまだ技術的に無理か。保留。「9.ビル風で参加者の髪型を強制的にオールバックにする、風のヘアスタイリング体験!」。

こはぎ:おじさん、へんてこなアイデアを次々とよく思いつくもんやね。それにしても、どのアイデアも危険っていうか、安全意識ってもんがないんか、って気もするけど。

臼葉:苗字のそばに名前あり。ワクワクのそばにドキドキあり。ならば、「タワーの壁面に巨大なQRコードをペイントする」というのはどうだろうか! スマホで読み取ると、AR空間に案内役のアバターが出現するのです!(ホワイトボードに2次元コードを描き始める)

こはぎ:お、それはちょっと現代的でええんとちゃう?

臼葉:(2次元コードの点々をホワイトボードに描き続ける)そして、そのアバターが「なぜ私には苗字しかないのか」を村人に向けて語り続けるのです。永遠に!

まる:永遠にって……やっぱり、あかん。臼葉さんの抱えてるもんをみなで共有したら、全員が臼葉さんになってまうわ。

こはぎ:(コロッケをモグモグさせながら、ホワイトボードを指差す)なあなあ! そんなんより、あのタワーのてっぺんから、風に乗って空飛んだらめっちゃおもろいやん!

まる:空?

こはぎ:そう! パラグライダーとかでバーンって飛ぶねん! あのタワーの下におった数字ばっかり見てるお兄さん(三成ミツヒデ)も「ここから大学まで強い上昇気流が……」とか言うとったし! 鳥みたいに飛んで、大学の窓にドカーンって突っ込むイベント!

まる:こはぎちゃん、それただの落下事故やで。「安全意識があ」って言ってた同じ口から出る企画、それ?

(ホワイトボードに書いていた臼葉のペンの動きが、ピタリと止まる)

臼葉:……いや。

こはぎ:ほら! おじさんもええアイデアやと思ったやろ!

臼葉:(目を見開き、震える手でホワイトボードに、斜め上向きの何本もの矢印と、「パラグライダー」「大学」の文字を書き込む)完璧だ。私は担当編集者として、偏屈な大学講師たちに、赤字のいっぱい入ったゲラを渡さねばならない。空から窓ガラスを突き破って舞い降りれば……先生らも逃げられまい! 名付けて……。

こはぎ:そりゃ、「パラゲライダー」やろ。ゲラって何なのかわからんけど。

臼葉:うまい! 圧倒的な不条理の前に、先生の様式美は粉砕される!

まる:臼葉さん、イベントの企画が「執筆者の先生たちへの嫌がらせ」にすり替わっとるよ。

臼葉:すぐに行動です! そのためには、先ほどタワーの下にいたというその大学院生から、乱気流のデータを奪い取り、完璧な滑空比を計算させる必要があります!

こはぎ:おっ、おじさん飛ぶんか! パラゲー、応援するで!

臼葉:私、今からJAXAの風洞実験施設にパラゲーの相談に行ってきます!

こはぎ:なんでJAXAやねん! タワーの下のお兄ちゃんをつかまえるのが先やろ?

まる:村のイベントに国の研究開発機関を巻き込んだらあかんよ!

臼葉:直帰します!

(臼葉はそう叫ぶと、なぜかペーパーセメントの瓶を片手に握りしめ、オフィスを飛び出していった)

まる:出て行きよった。絶対JAXAの入り口で止められるで。

こはぎ:「直帰します」だけ、働いてる人っぽかった。(コロッケ、最後の一口を飲み込み)お姉さん、この会社、変な人がおってめっちゃおもろいな! うち、ここ気に入ったわ!

鶴亀:(一定のリズムでキーボードを叩き続けていたが、一瞬の間)デリートキー、バーン。全削除。

こはぎ:(その音に驚き)あ、そやった。もうひとりおったんやった。

まる:ふふ。まあ、退屈はせえへん場所やね。ほら、こはぎちゃん、口の周りにコロッケの衣、ついとるよ。

(呆然とするどころか面白がる高校生と、ほうじ茶を淹れるライター。オフィスの窓の外には、ビル風をまとったここあんタワーが、彼らのドタバタを静かに見下ろしている)

(幕)

作・千早亭小倉

[コント台本・小説450本以上]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

[コント台本・小説450本以上]

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