箱庭コント「ここあん大学にも学長いたんだもん」

【登場人物】
徒 然士
:ここあん大学日本文学科講師。完璧な様式美を重んじる。
鍋島 潤:ここあん大学日本文学科講師。民俗学が専門。生きた情報を大事にする。
東山キイロ:喫茶「小古庵」のアルバイト。底抜けに明るく、インテリの論理を無邪気に破壊する。

【場面設定】
昼下がりの喫茶「小古庵」。カウンター席に徒然士と鍋島潤が並んで座り、それぞれコーヒーを飲んでいる。

鍋島潤:つれづれ先生。うちの大学の学長、名前をご存知ですか?

徒然士:(答えない)

鍋島:やはり、ご存じない。

徒然士:(小声)知っている。が、お前とは話さん。

鍋島:え、つれづれ先生……あっ、これは失礼。徒先生。

徒然士:(急に大声に)民俗学が専門などと抜かしておいて、人の名前に対する、そのいい加減な姿勢は何だ?

鍋島:いえ、学べばこそですよ。みなが、先生のことを「徒然つれづれ」が苗字だと思っているのですから。それに倣ったまでです。

徒然士:それでは、「士」のほうは何と読む気でいるのだ、「士」のほうは。それを考えもせんくせに……。

鍋島:まあまあ、そのことは、いずれまた。で、学長のことですが。

徒然士:愚問だな。私立小古庵大学の学長ともなれば、羨ましいほど(咳払い)、羨ましいほど豊かな白髪を撫でつけ、立派な白髭を蓄え、書庫の奥で葉巻なんぞをふかしているような、威厳ある老爺に決まっている。名前など知らなくとも、その存在の様式美だけで大学の秩序は保たれているのだよ。

鍋島:白髪の老爺。それは先生の頭の中にある明治への郷愁、撞着、ファンタジーです。今の学長は、わたり三津子という女性ですよ。

徒然士:ほう、女性とな。良いではないか、良いではないか。まあ、時代だな。白髪の老婦人がロッキングチェアで編み物をしながら大学の未来を案じている姿も、悪くない様式美だ。

鍋島:編み物もしませんし、白髪でもありません。いや、編み物のほうは知らないですが、年齢は28歳です。

徒然士:な、なんだと。

(徒然士、手に持っていたコーヒーカップをソーサーに勢いよく戻す)

徒然士:28歳。28歳だと? 大学の最高権力者が、まだ30にも満たない若造、小娘だというのか!

鍋島:先生、口が過ぎますよ。やはりご存知なかったのですね。

徒然士:私が知っていようがいまいが、もはや関係ない。では、教務課の書類の最後にいつも押されているあの立派な印影は、何とする? 28歳の細腕で押せるような代物ではない。

鍋島:28歳=細腕という発想から改められたほうがいいかと。捺印の重々しさと年齢は関係ないですよ。それよりも、先生は自分の勤めている大学のトップの顔も年齢も知らずに、これまで、よく平然と教壇に立てこられましたね。

徒然士:むむむ、(身体を震わせ)知る必要などない。大学とは理念だ。学長という概念さえあれば、実体が28歳だろうが82歳だろうが関係ない。だが、28歳。それはあまりにも若すぎる。学長の履歴書には一体何が書かれているというのだ。空白だらけではないか。

東山キイロ:(ウォーターポットを手に、軽快に登場)つれづれ先生、今日もお熱いですね。お冷や、どうぞ。

(キイロ、ぴちゃぴちゃとポットから水をこぼすが、全く気にしない)

キイロ:ここあん大学の学長さん、28歳なんですね。私と8つしか変わらない。すっごく親近感わきます。

徒然士:親近感で大学が運営できるか。キイロくん、君はわかっていない。51歳のこの私が、28歳の小娘の決定に従って日本文学を講義しているという事実が、どれほど私の精神の形を歪めるか。

鍋島:また、小娘って。徒先生、歪むのは先生のプライドだけです。それに、彼女は温泉宿の番台に座りながら大学の決裁をしているという噂ですよ。この時代にあって、生活の熱気と実務が合致した、素晴らしい働き方ではないですか。

徒然士:ばーんだい!? 貴族のおばーんだいの番台か?

鍋島:違います。いえ、そうです。

徒然士:イオウ臭い番台で、私のシラバスが裁可されているというのか。信じられん。アカデミズムの敗北だ。黄色いちょんまげ生えるわ。

キイロ:あ、だから親近感がわくのかな? でも、ツレヅレ先生。

徒然士:(ムッとして何か言いかけるがやめる。うんざりしつつ)なんだね、キイロ君。

キイロ:先生が51歳で、学長さんが28歳なんですよね。

徒然士:そうだ。いや、知らん。だが、この男はそう言っている。そして、その圧倒的な年齢の逆転現象が、私の様式美を破壊しているのだ。

キイロ:ということは、先生は学長さんから見たら、23コ下ですね。

徒然士:は? 下ではない、上だ。私が、23歳年長なのだよ!

キイロ:でも、学校って、1コ下とか2コ下とか大切にするじゃないですか。こだわるっていうか。1コ上の先輩には敬語で話さないとだめ、みたいな。先生の場合は、23コ下ですよ。それって、もうほとんど生まれたての赤ちゃんみたいなものですよ。学長さん、先生のこと「よしよし」って可愛がってくれるんじゃないですか?

徒然士:なんだ、そのプレイまがいの下劣な妄想は!

鍋島:23コ下。なるほど。年齢と役職の力関係の勾配を考えれば、そういう計算も成り立ちますね。

徒然士:成り立たん。断じて成りも立ちもせん。私がなぜ28歳の学長に、「よちよち」されねばならんのだ。

キイロ:「よしよし」が「よちよち」になってる。ツレヅレ先生、先生の様式美的にも、役職が上の方が偉いんですよね。なら、先生は学長さんから見たら、めちゃくちゃ年下の後輩、部下、ええと、そうだ、若輩者ですよ。

徒然士:じゃく、じゃくは……。

キイロ:(ポットから水をぴちゃぴちゃこぼしつつ)学長に大学ですれ違ったら、直立不動で「おはようございます! 学長先輩」って言って、深々とお辞儀した方がいいですよ。

徒然士:せ、センパーイ? 私が。28歳の番台に。

鍋島:いいですね、それ。生活の中の生きた挨拶です。先生の美しい「偏見」が、アップデートされる日がついに来ましたね。

徒然士:ふざけるな。私の51年の人生の厚みが、ただの足し算引き算で赤ん坊レベルにまで引き下げられてたまるか。ちょんまげが抜けて温泉に沈んでいくわ。

キイロ:ヨチヨチ先生、温泉いいですよね。私も学長さんのところ、今度行ってみよっかなー。ヨチヨチ先生も、鍋島先生も一緒に行きませんか? 背中は流せませんけど、後輩として、フルーツ牛乳くらいおごらせてください。

鍋島:行きましょうよ、ヨチヨチ先生。

徒然士:ふざけるな、絶対に行かん。私は、研究室からもう一歩も出ん!

(幕)

作・千早亭小倉

[コント台本・掌編 約600本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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