【登場人物】
おはぎはん(宏原こはぎ):面白そうなことには即行動の、猪突猛進型ジャーナリスト魂を持つライター。姉のプリンを勝手に食べた。
おはなはん(宏原こはな):おはぎはんの姉。FMここあんのミキサー。努力家で前向きな、常識人。冷蔵庫に入れておいたプリンを食べられて、ちょっと怒っている。
佐野 健:FMここあんのエンジニア。二人のやり取りに巻き込まれる、音にこだわる職人気質。
【場面設定】
平日の昼下がり。FMここあんのスタジオの隅にある休憩スペース。小さなテーブルと数脚の椅子が置かれている。おはなはんが腕を組み、目の前に立つ妹のおはぎはんを詰問している。

おはなはん:……で? 何か言うことは? ここに、「宏原」ってマジックで書いておいた、私のプリン。忽然と中身が消えて、容器だけが残されているんだけど。
(おはなはんが、テーブルに置かれた空のプリン容器を人差し指でトントン叩いている)
おはぎはん:ああ、それな。食べてしもうた。徒然士先生の取材で、プリン、プリンってさんざん聞かされて、つい。
おはなはん:食べてしもうたって、徒然士先生は関係ないでしょう! あのプリンはね、昨日頑張った自分へのご褒美にって、わざわざ成城が丘のケーキ屋さんで……。
おはぎはん:(おはなはんの言葉を遮り、真剣な顔で)お姉ちゃん、これは単なる食い意地とは違う。ジャーナリズムや。
おはなはん:はあ? ジャーナリズム? プリンを食べることが? 徒然士はどこいったのよ。
おはぎはん:徒然士のことは、もうええ。プリンはジャーナリズムなんや。このプリンの製造元、そして流通経路、さらにはこの村における「甘味」の消費動態を調査する必要があったんや。これは、ここあん村の経済を読み解く上で、避けては通れない取材やった。
おはなはん:(こめかみを押さえ)……もう、いい。食べたことは、もういいわ。でも、せめて……せめて、カラメルソースを残すのだけはやめてくれない? 器の底に、悲しそうに茶色い涙を浮かべてるみたいじゃないの。
おはぎはん:そこや! それこそが、今回の取材で最大の発見やったんや!
おはなはん:発見?
おはぎはん:(急に理知的な標準語になり)お姉さんは、プリンの本体はカスタード部分だと誤解しています。しかし、違うのです。あの苦くて甘いカラメルこそが、プリンという存在の根幹を成す、いわば「哲学」なのです、ね!
おはなはん:ですね、って、ちょっと待ちなさい。あんた、いつから標準語になったの?
おはぎはん:(真顔で)私の関西魂は……カスタード部分に吸収され、消滅しました。
おはなはん:何を今さら! プリンに自分のアイデンティティまで押し付けないで!
(そこへ、ヘッドフォンを首にかけた佐野健が、少し困った顔でやってくる)
佐野 健:おはなはん、さあ。そろそろ、次の番組の準備、始めてもらっていい? あれ? おはぎはんもいたんだ。なんか、深刻そうな顔してるけど、どうしたの?
おはなはん:ああ、サノケンさん。気にしないでください。今、妹が、プリンのカラメルソースの存在意義について、熱く語ってただけなんで。
佐野 健:カラメルの……? ああ、分かります。あれは、プリン全体の音響でいうところの、低周波ですよね。カスタードの高音域を支える、重厚な。
おはぎはん:(佐野に標準語で力説する)そう! そうなのです、佐野さん! この人は、その「魂」の部分を無視しろと言うのです!
おはなはん:言ってない! ただ、食べるなら全部きれいに食べなさいって……!
(再び口論を始めようとする姉妹を見て、佐野はそっと後ずさる)
佐野 健:じゃ、僕はミキサーの調整があるので、これで。
(佐野が足早に去っていく。残された二人の間に、気まずい沈黙が流れる)
おはぎはん:(何かを思い出したように)なあ、お姉ちゃん。プリンのことやけどな……。
おはなはん:(関西弁に戻った妹に、怪訝そうに)……なに? 謝る気になった?
おはぎはん:プチ情報やけど、プリンはプディングやけど、プディングはプリンではないんやで。これは真理や。
おはなはん:……知らんわ。
(おはなはんは、心底どうでもよさそうに吐き捨て、今度こそスタジオの準備に向かう。おはぎはんは、一人、空のプリン容器を手に、満足げに頷いている)
作・千早亭小倉






