箱庭コント71「居酒屋ここきたのテンポ・ルバート」|地層3

【登場人物】
酔酔亭 馬楼: 伸び悩んでいる若き落語家(当時)。無類の酒好き。不器用だが情に厚い。そして、なぜか長髪。
糠森 ひな: 「代弾き」専門のピアニスト(当時)。怜悧で完璧主義だが、内面は繊細。
渡良瀬 愛子: 居酒屋「ここきた」のママ。愛称はラブちゃん。パワフルで世話好き。
米山 共子: ひなの師匠であるピアニスト。普段は辛辣だが、弟子への愛情は深い。

【場面設定】
今回は数年前の物語。平日の夜。活田地区にある居酒屋「ここきた」は、学生や常連客で賑わっている。カウンター席の隅で、馬楼が熱燗のぐい呑みを威勢よく呷り、ひなが静かにそれを見つめている。少し離れたテーブル席では、糠森ひなの師匠である米山共子がひとり、静かに杯を傾けながら二人の様子を伺っている。

(馬楼が、空になったぐい呑みをトン、とカウンターに置く)

酔酔亭 馬楼:くぅーっ! やっぱ酒はこうでなくっちゃな! ラブちゃん、おかわり! かしこまりぃ、って自分で言ってりゃ世話ないって? へへへ。

糠森 ひな:馬楼さん……髪の毛が伸びるのもそうだけど、少しペースが速すぎるんじゃないかしら? さっきから3杯目よ。お水、頼みましょうか。

馬楼:野暮なこと言うなよ、ひな。酒ってのはな、こう、乾いた喉に流し込む、この一瞬の……か、解放感が大事なんだ。落語でいう「マクラ」みたいなもんでな。こいつで客の心を……いや、俺の心をだな、がっちり掴まねえと始まらねえんだ。

ひな:(呆れたように、小さくため息をつき)マクラ、ね。音楽で言うなら、アタッカ(attacca)かしら。でも、あなたの今の飲み方は、ただのプレスティッシモ(prestissimo)よ。それも、フォルティッシモ(fortissimo)で鍵盤をめちゃくちゃに叩きつけているだけ。そんな演奏、誰も聴きたいとは思わないわ。

馬楼:ぷ、ぷれすてぃっしも…? ゲーム機かなにかで、そりゃ。芸ってのはな、遊びじゃねえんだよ。理屈でもねえ。この、喉ごしの……き、キレがだな……。

ひな:あなたの喉も、ピアノの弦と一緒。無理な奏法を続ければ、いつか切れてしまう。そうなったら、もう……もう……二度とあなたが高座で噛むのが聴けなくなるじゃない。

(少し離れたテーブル席で、米山共子がくすりと笑い、誰にも聞こえない声で呟く)

米山 共子:ふふ……ひなちゃんったら、ちゃんと分かっているじゃない。厳しくテンポを刻んだかと思えば、相手の呼吸に合わせてふっと間を取る。いいテンポ・ルバートよ。

(共子は厨房の方へ視線を送り、ラブちゃんに目配せをする。ラブちゃんは心得たとばかりに、にこやかに頷く)

馬楼:……ちぇっ。

ひな:……ふんっ。

(馬楼とひなの間に、少し気まずい沈黙が流れる。そこへ、お盆に山盛りの筑前煮を乗せたラブちゃんが、威勢よくやってくる)

渡良瀬 愛子:あらあら、またやってる! 若いっていいわねえ! 馬楼ちゃん、またひなちゃんに愛の説教されてるの?

馬楼:ち、違うよラブちゃん! これは芸を極めるための、真剣な議論でやんして……。

愛子:はいはい、芸談芸談。でも、ひなちゃんの言う通りよ。そんなガブ飲みしてたら、大事な喉がやけちゃうでしょ。ほら、うちの特製筑前煮!

(大盛りの筑前煮がふたりの前に置かれる)

ひな:え、これ……いつもの倍くらいある。

愛子:今日はサービスで大盛りよ! これ食べて、ちゃんとお水飲みなさい!

(どん、とカウンターに筑前煮の大皿が置かれる。愛子がひなの耳元にささやく。ひなが、はっとして振り返り、後ろの席の共子に気づく。共子は知らん顔)

ひな:ありがとうございます、ラブさん。

馬楼:ちぇっ。分かったよ。水、飲むよ。

ひな:(意外そうな顔で、馬楼を見つめ)え?

馬楼:いや、あれだ。こんだけ山盛りの筑前煮食べるにゃ、水が必要だろうってこと。それに……(ひなとは視線を合わせず、ぼそぼそと)お前のその……あの鬼婆のピアノのレッスン中みたいな真面目な顔見てると(共子の顔が引きつる。ひながおろおろする)、なんか、悪いことしてる気分になんだよ。テンポが……く、狂う。

ひな:……そう。それなら、ピアニストとしては本望だわ。あはは、あははは。

(ひなが、多少ひきつっているが、うれしそうな顔で笑う。その表情を見て、馬楼も照れくさそうに頭を掻く。共子は遠くの席で満足そうに微笑み、自分のグラスの酒に口を寄せる)

愛子:はい、お水もどうぞ! 恋も芸も、体が資本なんだからね! しっかり水分補給して、未来の家族会議続けなさいっ!

(ラブちゃんはそう言うと、ウインクをして、また厨房の喧騒の中へと戻っていく。馬楼は差し出された水を、少し悔しそうに、しかしどこか素直に、ゆっくりと口に運ぶのだった)

作・千早亭 小倉


酔酔亭馬楼|箱庭ここあん村の住人紹介
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[コント台本・掌編 約600本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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