【登場人物】
おはぎはん:22歳のフリーライター。猪突猛進型の阪神ファンで、感情が高ぶると熱い関西弁になる。
真田まる:28歳の「ものがたり屋」店主。柔らかい関西弁で、おはぎはんを優しく受け止める詩人。
椎名町助:40歳の作家で、ものがたり屋の二階の住人。世の中を冷徹に分析する静かな観測者。
【場面設定】
朝。ものがたり屋の一階。廃材を磨いたカウンターの奥で、まるが静かに佇んでいる。

(朝の光が差し込む一階の土間。おはぎはんが鼻歌を歌いながら、実にあっけらかんとした表情でカウンターの椅子に座っている。その様子を、真田まるが不思議そうに眺めている)
真田まる:おはぎはん、おはよう。なんや今朝は随分と涼しい顔をしてるね。昨日の夜、甲子園でヤクルトに1対2で負けたって聞いたよ。いつもなら朝から大騒ぎして怒ってるのに、どうしたん?
おはぎはん:ふふん、まるさん聞いてや。うちはな、ついに阪神の試合結果に一喜一憂せんで済む、ものすごい秘策を編み出したんや!
まる:秘策? あんたが野球の勝ち負けで怒らへんようになる方法なんて、この世にあるん?
おはぎはん:あるんよ! よく聞きや。まずな、1回の表と裏だけは普通に中継を見るんや。ここで点を入れられても、先は長いから逆転できるやろって気楽に構える。逆に点を入れたら、ええこっちゃ、でもまだ先は長いなって、とにかく気楽に見るんよ。ここまでは今までと一緒や。
まる:うん、そこまではいつものおはぎはんやね。
おはぎはん:ここからが天才のひらめきや。1回が終わったら、いったん中継を見るのを完全にやめる! そして夕飯でも食べながら、撮りためてたドラマの続きを一話分見るんや。これがだいたい45分から50分くらいやな。
まる:試合の途中でテレビを消してしまうん?
おはぎはん:そうや! 正確には、見るものを変えるんや。チャンネル……いや、リモでピッや。で、ドラマが終わって中継に戻ると、試合はだいたい4回か5回くらいまで進んどる。この段階で、もし勝ってたら「おお、勝っとるやないか!」と口に出して試合の続きを見る。もし負けてたら「ああ、負けとるな」と口に出して、すぐに中継を切って別のことをするんや!
まる:負けてたら、もう見ないんや。
おはぎはん:見ない! ちなみに引き分けの場合はその時の気分やけど、阪神の攻撃なら見て、相手チームの攻撃なら見ないようにする。
まる:徹底しとるね。
おはぎはん:まだまだあるで。天才やからな。4回か5回の時点で勝ってた場合な、そのまま続きを見るんやけど、相手チームの攻撃でヒットとか四球とか、エラーで相手選手が一人でも塁に出たら、その瞬間に中継を切る! もう先は見ない!
まる:天才は、ランナーが出ただけで消しちゃうん?
おはぎはん:そうや。そんな未練がましく、消しちゃうんやない。消す、ピッや。負けてる場合は最初から中継を切っとるから、どっちにしてもハラハラする場面は一切見ないことになる。この方法やと、勝ってたら最後まで見られて最高にいい気分になれるやろ?
まる:じゃあ、途中でテレビを切った試合の結果はどうするん?
おはぎはん:相手が出塁して中継を切った試合の結果は、その日の夜か次の日に確認するんや。その時、絶対にスポーツ新聞は見たらあかん。ふとんかぶって、ネットを開いて、順位表のゲーム差の項目だけをこっそり見るんや。こっそりやで。これで差が詰まってたり広がってたりするのを見て、勝ち負けだけをそっと確認する。
まる:ずいぶんと小心やな。ニュースの映像とかも見ないん?
おはぎはん:勝ってたら、ダイジェスト動画やスポーツニュースを安心してニヤニヤしながら見るよ。でも、負けてた場合は、なぜ負けたんかっていうネットの記事とかSNSの書き込みは一切見ない! 一度でもそういうのを見ると、スマホのやつ、そればっかり流してくるからな!
まる:あるあるやね。それで、今日はそんなに涼しい顔をしてるんやね。阪神、負けたのに。
おはぎはん:そうなんよ! 昨日は1回の裏に森下のヒットで先制したんや。ええこっちゃと思って、そのあとすぐに沢田研二がえらくかっこいい『悪魔のようなあいつ』の12話を見たわけや。これがまたえらい展開でな! で、ドラマが終わって中継に戻ったら、1対1の同点になっとったんよ。
まる:同点か。微妙なパターンやね。
おはぎはん:いや、だからそこで迷わずテレビを切って、あとは、町助さんと一緒にだべっとったんや。で、夜になってからネットでゲーム差を確認したらな、巨人とは1ゲーム差のままで、ヤクルトとは前の日まで2.5ゲーム差やったのが1.5ゲーム差に縮まっとった。それを見て「ああ、昨日は負けたんやな」って静かに納得したわけや。
まる:ふとんの中でやな。うーん。まあ、朝から大きな声を出して怒らんのは感心なこっちゃと思うよ。でもな、おはぎはん。それって本当にファンと言うんか? ほかの阪神ファンは、あんたのこと決してファンと認めないんやない?
おはぎはん:上等や。わいは孤高や。「孤高」の「こ」も「こ」も、「こ」やからどっちも「虎」や。
まる:ごめん。わけわからん。
おはぎはん:要は、阪神ファンであることに変わりはないんや。ファンやからこそ、長いシーズン、命を守りながら応援するための天才の知恵や! 毎日まともに付き合うてたら、うちの心臓がいくつあっても足りへんわ!
(おはぎはんは胸を張って言い放ち、満足そうに冷たいほうじ茶を飲み干す。まるは呆れ顔でクスリと笑う。二階から町助が大きなあくびをしながら階段を下りてくる)
(幕)
作・千早亭小倉






