【登場人物】
おはぎはん:ライター。「槍」として現場を走る。常に空腹で、勢いのある関西弁を話す。
鶴亀 昌子:編集プロダクション「ぽんちょ」社員。タフな姉御肌の実務担当。過酷な状況では「思考停止」してスルーする究極の防衛術を持つ。
臼葉:「ぽんちょ」社員。奇行が多いが編集能力は高く、謎の有能さを持つ。「なぜ自分は苗字しかないんだ」が口癖。
古河 モン太郎:「ぽんちょ」社長。元演歌歌手。「生のエネルギー」を愛する豪快な男だが、ピントがずれている。
【場面設定】
椎名町三丁目にある編集プロダクション「ぽんちょ」のオフィス。鶴亀昌子とおはぎはんが、机に広げた企画書を見ながら打ち合わせをしている。

おはぎはん:うちの「実録・椎名町三丁目限定グルメ」、ターゲット層はアラカン限定で、費用対効果の面ではけっこう強いと思うんですけど、どうですかね。
鶴亀昌子:いいんじゃない? 私の「池袋美魔女向け限界突破のスキンケア」も、読者層への刺さりは強いはず。ただ、取材費がけっこうかかりそうで……。
おはぎはん:まあ、そのへんは後で詰めるとして……問題はこれですわ。臼葉さんの企画書。
鶴亀:項目どころか、一行ずつタイトルが並んでるだけじゃない。
おはぎはん:しかも50本くらいありますよ、これ。
臼葉:(ぶつぶつ)臼が苗字で葉を名前ということに。(おはぎはんに)それは原石です。ちなみにぽんちょのクラウドには、一行企画のストックが3200本はあります。
おはぎはん:3000! ストック多すぎるやろ! 怖いぐらい有能ですやんか、使える企画ならですが。
鶴亀:でも、これはどうにもならないわよ。たとえば、この「覆面レスラーに見るメキシカンアートの歴史」って、読者層はどこを想定しているの。
臼葉:ルチャリブレのマスクには、宇宙が広がっているんです。全人類がターゲットです。
おはぎはん:広すぎますわ。じゃあ、この「見たい夢を見ることはできるか」は? 記事にするには、科学的な根拠とか専門家の取材先とか必要ですけど、臼葉さん、あてはあるんですか?
臼葉:夢は夢だからいいんです。それ以上の根拠づけが必要ですか?
鶴亀:必要に決まってるじゃない。これじゃ、経費の見積もりも出せないでしょう?
おはぎはん:極めつけはこれですよ。「いろんな雲」! 「いろんな雲」って。もう企画でもなんでもないですやん! 綿あめだらけの誌面作ってどうするつもりなんですか?
(そこへ、古河モン太郎が事務所に入ってくる)
古河モン太郎:おう、やってるな。どれどれ、臼葉の新作か。
(モン太郎が机の上の紙を取り上げる)
モン太郎:(ぶつぶつつぶやいている)はん、はーん、はんはん。
(鶴亀昌子とおはぎはんがその様子をうかがい見ている。臼葉は大して気にしていない)
モン太郎:すげえな、これはすげえ! 魂が震える。採用だ。
おはぎはん:(驚いて)え、採用って、どれをですか。
モン太郎:全部だよ、丸ごと。削ってどうすんだよ。いいか、表現ってのは心臓の鼓動なんだよ。
鶴亀:全部って。雑誌の特集枠は一つしかないんですよ。丸ごとなんて無理ですよ、社長。
モン太郎:馬鹿野郎。Aメロにメキシコの荒野が来て、Bメロで夢の儚さを歌い、サビで一気に空を見上げる、このスケール感よ。「いろんな雲~」って、こぶしが勝手に回るってもんだ。
おはぎはん:Aメロ? サビ?
モン太郎:俺の復帰シングルの歌詞だろ? 臼葉、お前天才かもな。上出来上出来。
臼葉:(ぶつぶつ)臼がAメロで、葉をサビだとすれば、ワンちゃんいけるか?
おはぎはん:何がワンちゃんですのん?
モン太郎:臼葉、作曲家のあてはあるのか? いないなら、俺がやってもいいぞ。なあ、かめちゃん。
鶴亀:そ、そうですね。社長には、サビの雲で、思いっきりこぶしを回していただくとして。おはぎちゃん、私たちは別の雑誌の企画でも練りましょう。
おはぎはん:ちょっと鶴亀さん。今、完全に思考停止して適当にしゃべってますやん。
鶴亀:……ばれた?
(幕)
作・千早亭小倉
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