【登場人物】
佐野 健:FMここあんのエンジニア。音へのこだわりが強い完璧主義者。神崎志乃の元夫。
神崎 一樹:鳥瞰学園ここあん高校の生徒(文芸部)。神崎志乃の息子。事象をデータとして分析・再構築するのが好き。
ラジオさん(仮称):古い木製真空管ラジオの姿をしたAI。周囲のノイズを拾って独自の寓話を語る。
【場面設定】
夜のここあん村立図書館。屋外の返却ポスト前。

(ここあん図書館の庭に建つプレハブスタジオから出てきた佐野が、首にかけたヘッドホンをずらし、耳の奥で鳴る金属音に小さく舌打ちをする。そこへ一樹が、分厚いハードカバーの本を持ってやってくる)
神崎一樹:こんばんは。サノケンさん、夜番ですか。
佐野健:ああ、一樹。なんだ、そっちは本の返却か。
一樹:(手にした本の表紙を見る)期限、今日までだったんで。
(一樹が返却ポストのフラップを開け、本を滑り込ませる。ドスッ、という鈍い音が響く)
一樹:……。
佐野:……。
一樹:音、変でしたよね。
佐野:ああ。底のクッションがヘタってるな。本の重たい音が吸収されずに、箱の壁にそのままぶつかってる。
一樹:入れるところのバネも緩んでるし。本を入れるのに妙なひっかかりが。予算無いんですかね?
佐野:細かい音なんて気にしないんだろう、図書館の連中は。
一樹:館長はうるさそうですけどね。
(佐野と一樹は並んで、返却ポストの投函口を真剣な顔で睨みつける)
ラジオさん:ピー……ガガッ……カブトムシは切りすぎた前髪が気になります。
(ポストの脇に置かれた古いラジオの真空管が、オレンジ色に点滅する)
佐野:なんだ?
一樹:図書館の備品です。鈴木美桜さんがフリマで拾ってきた、AI内蔵のデバイスらしいですよ。
佐野:いや、カブトムシの前髪がどうしたとか。
一樹:あ、館長の新しいあだ名らしいです。カブトムシ。
(ラジオから、童謡『たきび』のメロディがかすかに流れる)
ラジオさん:本日の寓話です。夜の森で、大きなクマと子グマが、穴の底の響き方について熱心に語り合っています。
佐野:クマ?
ラジオさん:彼らの血は繋がっていません。しかし、世の中の雑音を拾う耳の形は、完全に同じです。驚くべきことです。血の繋がらない、完璧な親子です。
(佐野が目を丸くしてラジオを見る。一樹も瞬きをする)
佐野:こいつ、俺たちのことを言ってるのか?(きょろきょろする)誰か見てるのか?
一樹:いや、そういうラジオみたいなんです。
佐野:それ、ラジオじゃないだろう?
一樹:まあ、ここあん村ですから。たぶん、声の高さとか、話し方のリズムがそっくりだから、機械が勝手に「本当の親子だ」って勘違いしたんじゃないですか?
佐野:いや、エラーじゃない。こいつのマイク、無駄に性能がよくて余計な音まで拾ってやがるんだ。なのにスピーカーが安物だから、音が割れてこんな頓珍漢なことを言い出す。
一樹:なるほど。いい観察眼を持っているのに、言葉化できないみたいな。何か、親近感がわきますね。
佐野:知るか。中の配線をいじれば、直るかもしれないな。音の拾い方から叩き直してやる。
(佐野がポケットから小さなマイナスドライバーを取り出し、ラジオの木枠のネジに当てる)
ラジオさん:ピー……ガガッ……クマたちは、自分たちの親密さを指摘されると、照れ隠しで機械の解体を始めました。めでたし、めでたし。
佐野:照れ隠しじゃねえよ! FMここあんしか入らない仕様にしてやるからな!
一樹:サノケンさん。右下のネジ、少し錆びてますね。プラスの2番のドライバーなら、僕が持ってますよ。
佐野:おう、貸せ、一樹。
(二人はどこか口元を緩めながら、黙々とラジオの修理作業に没頭し始める)
(幕)
作・千早亭小倉






