【登場人物】
カリソメ君(B組):ここあん高校に通う、ごく普通の男子生徒 。映画版『フォレスト・ガンプ』(ロバート・ゼメキス監督)に素直に感動する映画派。
ケニー(B組):カリソメ君の同級生。地味な文学少年。カート・ヴォネガットやトルーマン・カポーティを愛読。映画版『ガープの世界』(ジョージ・ロイ・ヒル監督)の哀愁も理解する。
黒崎 文(A組):ここあん高校文芸部部長。『ガープの世界』の原作(ジョン・アーヴィング作)こそが至上と信じる原作派。
矢尾リリカ(B組):シニカルな「冷たい最強」。感傷も熱量も「ガキっぽい」と断じる。
氷上 静:ここあん村湖畔のブックカフェ「シズカ」のオーナー。ここあん大学元哲学講師。冷静な観察者。

【場面設定】
ブックカフェ「シズカ」。放課後。カリソメ君、ケニー、矢尾リリカが窓際のテーブルにいる。黒崎文は少し離れた席で分厚い本を睨んでいる。
(カリソメ君が、スマホの画面を見ながら興奮冷めやらない様子でケニーに話しかけてい
カリソメ君:いやー、昨日サブスクで『ガンプ』見直しだけど、やっぱ最高だった! 何回見ても泣けるよな。「人生はチョコレートの箱だ』って!
ケニー:(読んでいた文庫本から静かに顔を上げ)……ああ、『ガープ』か。映画版もいいよね、ロビン・ウィリアムズ!
カリソメ君:え? トム・ハンクスだけど。
ケニー:……いや、ロビン・ウィリアムズだろ? ほら、母親が看護婦でさ。
カリソメ君:そうそう! 母親、すごいよね! 息子のために、校長先生と……。
ケニー:(眉をひそめ)……校長? 違うよ。病院で、瀕死の軍曹の「アレ」をもらって、息子を「作る」んだろ?
カリソメ君:え、アレ!? 息子を……作る!?(顔を赤らめる)
矢尾リリカ:(数学の問題集から顔を上げ、深く、冷めたため息をつき)……ちょっと待ってもらえる? あなたたち、今、人類の知的リソースを最も無駄遣いする「ガープかガンプ、不毛な二択」を、大真面目にやってるって自覚ある?
カリソメ君:不毛って……!
リリカ:どっちだっていいのよ。「型破りな母親」「やたら走る主人公」「ジェニーっていう名前の女」。その3つの素材をミキサーにかけて、映画版の『ガープの世界』はジョージ・ロイ・ヒル風の「ヒューマニズム」で味付けし、『フォレスト・ガンプ』は「純粋無垢」で煮詰めただけの、感傷的なシステムじゃない。
(その時、リリカの声を聞きつけた黒崎文が、本を閉じ、音もなくテーブルに近づいてくる)
黒崎文:なんて雑なラベリングなの。
リリカ:あら、黒崎さん。(黒崎が手にする分厚い原書を眺めながら)今日は文芸部の子分たちと熱い「魂」ごっこはやらないの?
文:(リリカを睨みつけ)『ガンプ』という名のチョコレート菓子のほうは知らない。だけど、『ガープ』を感傷というラップでひとくくりにするんじゃない!
カリソメ君:お菓子じゃないよ! アカデミー賞!
文:カリソメ! 映画版のヒューマニズムに騙されるんじゃない! そして、ケニー、お前が読むべきはジョン・アーヴィングの原作だ! 映画版がオミットした毒! 狂気! 「アザラシの口の中」! それこそがエスプリだ!
ケニー:え、原作も読んだけど、アザラシなんて出てきた?
(カウンターの中のブックカフェ「シズカ」店主の氷上静が、ピクリと反応する)
氷上静:(誰にも聞こえない声で)「アンダー・トード」からの飛躍? アザラシに飛ぶのは少し無理があるわね(苦笑)。
ケニー:(黒崎に対して)それに、映画版のロビン・ウィリアムズの「哀愁」も、あれはあれで……(思い出したように、少しうっとりした顔になる)。
文:哀愁!? あれは去勢だ! 原作の「毒」を抜き、万人が見られるように骨抜きにした、「ガンプ的なもの」への迎合だ!
リリカ:始まった。黒崎さんの「原作原理主義」。どっちにしろ、走ってる。
文:(リリカの話を遮って)そんな単純な!
リリカ:T.S.ガープは現実と格闘するために走り、フォレスト・ガンプは現実から超越するために走る。どっちも結局、「走る」っていう、体育会系の分かりやすいメタファーに逃げてるだけ。ガキっぽいのよ。
カリソメ君:(いまごろリリカが最初に言ったことに気づいたように)そっか! どっちも「ジェニー」が出てくるんだ!
文:だから何だ、カリソメ! 『ガープ』の母、ジェニー・フィールズという「フェミニズムの先駆者」と、『ガンプ』の女、ジェニー・カランという「時代に翻弄されただけの女」を一緒にするな! 魂の深度が違う!
ケニー:(ひとり言)なんだ、黒崎さんも映画版、見てることは見てるんだ。
リリカ:(文の言葉を受けて)はいはい、深度ね。水圧の話なら、物理の先生にしてくれる? (手元のノートに目をやり)私は弟の宿題の「旅人算」で手いっぱいだから。
(議論が白熱し、みなが睨み合った瞬間、カウンターの静から声がかかる)
静:……お客様方。
(全員が、はっと静を見る)
静:本日のコーヒー豆は「アンダー・トード」。(文のほうを見て)アザラシを連想させる、オイリーで滑らかな口当たりが特徴です。議論のおともに、ウィンストン・グル−ムが著した小説版『フォレスト・ガンプ』も奥にございますよ。
文:アンダー……(と言いかけながら)……アールグレイを。
リリカ:……私は、そのアザラシの「エスプレッソ」を。なんだか滑稽だから。
カリソメ君:(小声で)……あの、チョコレートみたいなのありますか?
ケニー:(ノートがかばんの中に見当たらず、リリカのノートの旅人算の図の脇に「ガープ」「ガンプ」「走る」「母親」「ジェニー」などの構造相関図を勝手に書き加える)
(幕)
作・千早亭小倉








