箱庭コント「要するにノート」

【登場人物】
三成 ミツヒデ:ここあん大学講師。物事をデータ化し、「要するに」と要約したがる。
おはぎはん:フリーライター。現場の熱量と生活の匂いを強い関西弁で話す。
辻 さゆり:フリーの校正者。感情を排し、事実と整合性のみを愛する。

【場面設定】
湖畔のブックカフェ「シズカ」のテーブル席。冷めかけた珈琲が並び、おはぎはんがノートを広げてまくし立てている。

おはぎはん:昨日な、克枯地区の「あちこち」で、大将のまっちゃんと客がえらい大喧嘩し始めてな。大将が「秘伝のタレは創業以来継ぎ足しや」って自慢したら、客が「衛生的にどうなん」って身も蓋もないツッコミ入れたんよ。そこから取っ組み合いになって、最終的にふたりで泣きながらそのタレで煮込んだ煮付け食って仲直りしたんや。

辻さゆり:衛生管理の観点から言えば客の指摘は極めて合理的ですが、最終的に煮付けの摂取によって和解するプロセスは、論理的な一貫性が欠如していますね。

(さゆりは机の上の赤ペンを指先で静かになぞる)

三成ミツヒデ:要するに「雨降って地固まる」ですね。

(ミツヒデは手元のノートにペンを走らせる)

おはぎはん:えっ、うちの15分間の熱弁、その一言で片付ける気? ミツヒデ先生!

ミツヒデ:いや、片付くのだから、いいでしょう。余計な感情表現を削ぎ落として構造化すると、そうなるということです。僕はいつも、こうやって街の生きたテキストから冗長な記述を排除して、このノートに保存しているんです。

(ミツヒデ、胸ポケットから1冊の四角いノートを取り出し、端をトントンと整える)

さゆり:拝見します。「急がば回れ」「一寸先は闇」。これは単なることわざの引き写しであって、独自のデータアーカイブとは呼べません。

ミツヒデ:違いますよ。すべて僕がフィールドワークで採集した、純度百パーセントのテキストデータが元なのですから。それに、持ち運びにも非常に便利です。

おはぎはん:でもな、そんなことわざだけ聞かされても、大将が怒って鼻の頭に汗かいてたこととか、煮付けの美味そうな匂いとか、何一つ伝わらへんやん。

(おはぎはんは身を乗り出し、自分の鼻の頭を指で拭う)

ミツヒデ:そう言われても、実際、先週も役に立ちましたよ。大学院の古暮くん、月の前半で結構散財したらしく、金欠で落ち込んでいたので、「失敗は成功の母」と、丁寧に伝えておきました。

おはぎはん:おお、それで、古暮はなんか返してきたん?

ミツヒデ:古暮くんが「その母親はいつ仕送りをしてくれるんですか」と取り乱し続けたので、「明けない夜はない」と返しました。 古暮くん、黙って半地下のラウンジへ戻っていきました。完全に整理された記述は、時に他者の無駄な発話を沈黙させる効果を持ちます。

さゆり:それは彼が納得したからではなく、あなたの提示した言葉が大雑把すぎて、対話を放棄しただけです。

おはぎはん:要するに、そのノートはサプリメントみたいなもんやろ? うちの話みたいなドロドロした食べ物をそのまま味わうのが食事で、あんたのはそこから抽出したビタミンの錠剤や。

ミツヒデ:美しい比喩ですね。僕はビタミンだけを効率よく摂取したいんです。

さゆり:ですが、錠剤だけではやがて空腹によって肉体が機能停止に陥る。そうは考えないのですか? 時にはおはぎはんの持ってきたような、よく分からない腐った……違った、濁ったスープも摂取しなければ。

ミツヒデ:確かに、最近少し空虚さを感じていたのも事実です。では、おはぎはん、もう一度さっきのまっちゃんの話を最初から教えてください。

おはぎはん:え? ええけど。まずな、その居酒屋の大将、髪型がいつも完璧な角刈りやろ。

ミツヒデ:なるほど。要するに「第一印象は角刈り」だと。

さゆり:だから、データを圧縮するのが早すぎます。

(暗転。舞台裏)

おはぎはん:(さゆりに向かって)ん、どないしたん?

さゆり:いえ、少し前のト書きに「1冊の四角いノートを取り出し」と書いてありまして。まあ、ノートの形は確かにいろいろですけど、わざわざ四角いノートと書いた意味がこの話の流れにおいて必要であったのか、「四角い」という3文字は無駄だったのではないかと。

おはぎはん:でも、さゆりさん、もう3文字以上話してるから、そっちのほうが無駄なんやないの? なあ、ミツヒデ先生、こういう時は何て言うのがええのん?

(待ってましたとばかりに四角いノートを素早くめくり、自信満々に指を立てる) 

ミツヒデ:「一銭惜しみの百失い」ですね。些細な3文字を惜しんで、対話コストという莫大なデータをドブに捨てているあなたたちに、これ以上ふさわしい真理はありません。

さゆり:(冷徹に、赤ペンの先をミツヒデのノートの紙面に突きつける) ミツヒデ先生。それは「一銭」ではなく「一文」であり、「百失い」ではなく「百知らず」です。「一文惜しみの百知らず」。言葉の誤用および事実誤認にまみれた「真理」を目の前で放置することはできません。ただちに修正してください。

ミツヒデ:……っ。

おはぎはん: ミツヒデの喉が小さく鳴る。冷徹な校正者にすべてを否定され、知性の底辺へと突き落とされた事実。その屈辱が、彼の背筋を甘い痺れとなって駆け上がっていく。

ミツヒデ:おはぎさん、それ、ト書き!(気を取り直し)いや、 素晴らしい。辻さんのその、事実に基づいた完璧な冷たい否定……僕の内部データが、いま、劇的に書き換えられました(うっとりした表情)。

おはぎはん:うわ、ミツヒデ先生、また変な顔して喜んどる! もう、このテーブル、まともな人間ひとりもおらへんやん!

さゆり:おはぎはん。ご自身を「まとも」と仮定するならば、正しくは「1人しかおらん」です。このテーブルにいる自分を計算に入れず「ゼロ」とするのは、明確な計算ミスです。

ミツヒデ:いや、おはぎはん自身が「人間」の定義から外れているなら成り立ちますね。要するに……。

おはぎはん:もうええわ!

(幕)

作・千早亭小倉

[コント台本・掌編 約600本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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