箱庭コント「気にすんなの魔法」

【登場人物】
高島 雅也
:ここあん村立図書館館長。正論の鎧を纏う孤独な完璧主義者。秩序維持への強迫観念を抱き気味。
真木 まき:ここあん村立図書館副館長。知識の宝庫であり、厳しい現実をメルヘンに翻訳して受け止めるしなやかさを持つ。

【場面設定】
ここあん村立図書館。高島が張り紙を手にして苦悩している。そこへ真木がコーヒーを二つ持って入ってくる。

真木まき:館長、また眉間に深い皺が寄っていますよ。そんな怖い顔をしていると、本棚の妖精さんたちが逃げてしまいます。

高島雅也:真木くんか。妖精の心配をしている場合ではない。私は今、取り返しのつかないミスを犯した。

まき:ミス? 来月の予算書を紙飛行機にでもして飛ばしてしまったとか。

高島:紙飛行機にして……? 想像しただけでも……いや、違うんだ。さっき1階のラウンジに貼り出した「利用者の皆様へ」という掲示物だ。最後の一文、「ご協力をよろしくお願いいたします」の「いたし」が、平仮名ではなく漢字の「致し」になっていた。これでは文章全体の表記のバランスが崩れ、視覚的な秩序が損なわれる。

まき:……それだけですか?

高島:それだけ、とは何だ。公共の施設において表記の揺れは、組織の緩みを露呈する。

まき:館長。そんな細かいこと、誰も気にしませんよ。「気にするなよ」です。

(高島がピタリと動きを止める。コーヒーを受け取ろうとした手が、空中で静止している)

高島:……気にするな、よ?

まき:ええ。気にするなってことです。どうしました? コーヒー熱かったですか?

高島:いや……真木くん。私は今、愕然としている。自分の人生を振り返って、愕然としているのだ。

まき:そんな、徒然士先生のようなことを言って。漢字の変換ミスで、人生まで遡らないでください。

高島:私は……これまでの人生で、誰かから「気にするなよ」という言葉をかけられた記憶が、ない!

まき:あら。そうでしたか。

高島:そうだ。私がミスをすれば、周囲は「あの高島がミスをするとは」と慄き、即座に修正案を求めてくる。あるいは、求められる前に、自ら進んで3倍の速度で事後処理に当たってきたからだ。誰も私に「気にするな」という、その……無責任で温かい言葉をかけてはくれなかった。

まき:うふふ、観覧席からの声援が無かったという話ですか? 高島さんがいつも完璧な正論の鎧を着て、グラウンドの真ん中で厳しく笛を吹いてきたからですよ。「気にしないで!」なんて声援を送ったら、「なぜ気にしなくていいのか、ルール上の根拠を述べよ」って、怒りそうじゃないですか。

高島:確かに、怒るかもしれない。

まき:ほらね。自分で自分を縛っているんです。たまには鎧を脱いで、妖精さんと一緒にお昼寝でもしたらどうですか。

高島:妖精とは眠らない。だが……そうなのか。私は他者からの「寛容」を無意識に拒絶していたのか。自分の秩序を守るために。

まき:気づけてよかったですね。さ、コーヒーが冷めちゃいますよ。

高島:真木くん。

まき:はい? コーヒー淹れ直しますか?

高島:いや、もう一度言ってくれないか。その……「気にするなよ、雅也」と。

まき:ええ? 嫌ですよ、なんだか恥ずかしいじゃないですか。

高島:頼む。私には、その寛容のデータが圧倒的に不足している。今後の組織運営の参考にするためにも、もう一度だけ聞かせてほしい。

まき:もう、仕方ないですね。漢字のミスなんて、誰も気にしてません。気にするなよ、館長。

高島:(胸を押さえて)なんという、心地よい響きだ。張り詰めていた心が、ゆっくりと溶けていくようだ。

まき:館長、なんだか少し気持ち悪いです。

(幕)

作・千早亭小倉

[コント台本・小説500本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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