コント「同一人物だと思ってました」

【登場人物】
氷上 静
:カフェ「シズカ」店主。理性の信奉者だが、現在は顔の区別がつかず混乱中。
中野小春:カフェ共同オーナー。全てを善悪なく受け入れるが、今は適当な根拠で静を煽っている。
真田まる:ものがたり屋店主。
空野円:大学講師。静の元同僚。
辻さゆり:フリー校正者。
矢尾太陽:玲子(ステキさん)の息子。

【場面設定】
湖畔のブックカフェ「シズカ」。午後の柔らかな光が差し込む店内で、3人の女性が別々の席に座っている。カウンターの端で、静と小春が深刻な顔で密談している。

氷上静:小春、あそこの三つの席、座っているのって全部同じ人じゃないかな?

中野小春:あはは、何言ってるのよ、静さん。疲れすぎだよ。みなさん、よく来てくれる方たちじゃない。あっちが真田さん、こっちが空野さん、で、横向いてるのが辻さん……、そう、辻さん。真田さんに空野さんに辻さん。

:ん、何を確かめている。小春も自信ないんじゃないのか?

小春:そんなことない。辻さん、真田さん、空野さん。というか、空野さんは、大学で静さんと同じ哲学科の講師だったでしょう?

:いや、それはそうだが。輪郭の卵型な感じとか、ふんわりした雰囲気が、地層の重なりみたいに一致して見えないか?

小春:ふふ、それは静さんが外見に興味がないか、今日は理性がバグってるだけ。ほら、顎の角度を測ってみて。15度くらい鋭角なのが辻さんだから。

:顎? 顎の角度で人を判別するなんて、分度器を持ち歩く設計士みたいな真似はしたくない。

小春:じゃあ服で判断すればいいじゃない。前に村の紹介記事で見た時は、タートルネックが空野さん、タートルネックと言えば、空野さんだったよ。

:タートルは私も着るのだが。それに、今の彼女たちを見たか? 3人とも微妙に首元を隠すようなストールや襟付きの上着を着ていて、判別がつかない。

小春:あと、真田さんは正面で微笑んでいるはずだよ。ものがたり屋で話を聞くときは、いつもそうだって。あの慈愛に満ちた、でもどこか心の奥を閉ざしたような笑顔。

:それは、彼女の店でのことだろう。今、三人とも窓の外を見たり、本を読んだりしていて、正面の笑顔なんてどこにもないじゃない。

小春:困ったね。

:いや、困ってるわけではないが、もぞもぞする。

小春:うん、もぞもぞするね。じゃあ、ちょっと無茶だけど、オーディション形式で確認してみようか。

:オーディション?

小春:すみません、窓際のお客様。店内の光の入り方を確認したいので、皆様一度、右斜め45度を向いていただけますか。

女性1:(微笑みを崩さずゆっくり向く)こうかしら。

女性2:(窓を見たまま)角度に意味などありません。光はただ、そこに落ちるだけです。

女性3:(さらに深く横を向き)私は風景の一部ですから、お気になさらず。

:小春、余計に分からなくなったわ。これなら名前を呼んだほうが早いだろう?

小春:ええ〜、それじゃ面白くないじゃない。

:面白さなど望んでないのだが。

小春:さて、どうしたものか。

(そこへ、ベルが鳴り、矢尾玲子の息子の太陽がスケッチブック片手に店に走り込んでくる)

小春:ねえ、太陽君。あそこに座っているおねえさん3人のうち、知ってる人いる?

太陽:え、いるけどなんで? 3人とも知ってるよ。

:ということは、君には、見分けがつくということか? (小声で)私には同じ魂が三つに分かれたように見えるが。

太陽:うん。ええと……。

:声をかけるのは無しだ。

小春:静さん、何か大人げないよ。

太陽:じゃ、こうしたら?(スケッチブックにさらさらと何やら描く。ものの数秒)

:ん? 確かによく描けているが……、何が違うのだ。

太陽:えっと、左端のおねえさんは、まぶたの幅が狭くて、目元がスースーしてる感じ。それがさゆりさん。

小春:なるほど。辻さんね。

太陽:で、真ん中のおねえさんは、二重の幅がはっきりしてて、瞳の力が強い感じ。これが円さん。

:なるほど。空野さんか。

太陽:(3番目の女性の顔を描き出す)で……。

小春:あ、ちょっと待って。それ、真田さんということよね。瞳が丸くて目尻が少し下がっているね。

太陽:そう、まるさん。笑ってるけど、一番描きにくいんだ。

:描きにくい……? 左右対称の完璧な造形だから、ということかな?

太陽:ええと、笑ってるのに、どこか別の場所を見てるみたいな線になるから。

:(絶句して真田らしき女性を見る)

小春:さすが太陽くん。顎の角度なんて測らなくても、瞳の中に答えがあったんだね。

太陽:さゆりおねえちゃん!(勝手に声をかける)

:(太陽のほうを見て)あら、太陽君。

太陽:ほらね。じゃあ、呼ぶよ。円おねえちゃん!

空野:(太陽のほうを見て)今日は、おかあさんは一緒じょないの。

太陽:ほらね。

小春:となると、最後のひとりはやはり真田さんか。全問正解だね。

太陽:あとね、顔だけじゃなくて、今、聞いたよね?

:聞いた? 何をだ。

太陽:声だよ。3人とも、声も違うんだよ。あのね……。

(太陽が言いかけたところへ、矢尾玲子が店に入って来る)

玲子:あら、こんなところにいたのね。ステキさん、急にひとりになっちゃって、どうしようかと思ったわ。

太陽:あ、ママ。今ね、当てっこしてたんだよ。

玲子:当てっこ? 射的かなにかのことかしら。

小春:あ、玲子さん。太陽君がすごくって。驚いてたの。ね、静さん。

:ああ、ひとつの才能ではあるな。

玲子:才能? 射的の腕前のことかしら。でも、もう行かなくては。太陽、お絵かきセット買うんでしょう?

太陽:うん。じゃあね、ばいばい。

(静、小春、さゆり、円、まるに見送られて、まったく気後れせずに、玲子のあとをついていく太陽)

:お絵かきセットと言わず、もっと高い絵画道具を買ってもらうといい。

小春:太陽君には、太陽君の世界があるからいいんじゃない?

(太陽が振り返る)

太陽:あ、小春さんと静さん。もうひとつ気付いた? 三人ともね、ケーキの食べ方が違うんだよ。

小春:え、それは……、ほんとに?

:ああ、それは気付いた(少し誇らしげ)。ひとりは最初に苺を処理する。もうひとりは苺を最後まで取っておく。そして3人目は、苺をフォークで崩して風景に溶け込ませてから口に運ぶ。識別は完璧だが……。

小春:だが?

:だれがだれだかはわからない。はい、わかりません。

(玲子と太陽が店を去る。静と小春が改めて3人を凝視する。3人が「同時に」全く同じ動作でコーヒーカップを口に運ぶ。再び固まる、静と小春)

(了)

作・千早亭小倉

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