箱庭コント41「羽根むしられかけて」
(あらすじ)ここあん大学の自主映画サークル「アーヌエヌエ」の部室で、部員の恋流波陽が古いウディ・アレンの短編集を熱心に読んでいるところ。そこへやって来た後輩の岸辺義道が、台詞過多で疲れる監督だと敬遠して退散しようとしたため、陽がその腕を掴んで引き止め、映像とは異なる日本語翻訳や活字ならではの純粋な狂気の面白さを力説して引き込もうとする。
箱庭コント42「未編集のアオハル」
(あらすじ)椎名町三丁目界隈の「ものがたり屋」にて。映像制作の脚本を担当するえんぴつが、動画内で主人公が空を見上げるカットをなぜ切ったのかと喪失の重みを主張しているところ。そこへ編集担当のハサミが、開始早々に空を見上げたら視聴者が離脱すると数字を根拠に冷徹に反論し、えんぴつの重い自意識を容赦なく切り捨てる。
箱庭コント43「カリカリ鳴るアオハル」
(あらすじ)作業部屋の机で、映像編集担当のハサミが、机の上で異音を立てる古いハードディスクに気づき、中の動画ファイルを開いて確認しようとするところ。そこへ脚本担当のえんぴつが、自身の青臭い過去作だからと制止しつつ、画面が真っ暗な長回しシーンに込めた独自の演出意図や情熱を熱っぽく語り始める。
箱庭コント44「師匠の優雅なる空白」
(あらすじ)ここあん湖畔のブックカフェ「シズカ」のテラス席。ピアノ教師の米山共子が、愛弟子が巣立ったことで得られた完璧な静寂と自由を噛み締め、優雅な孤独を誇らしげに語っているところ。そこへ同席する氷上冬子が、連日同じ強がりを述べている姿や無意識の貧乏ゆすりを指摘し、寂しさが音漏れしていると面白がって茶化してくる。
箱庭コント45「至言のプランター」
(あらすじ)ここあん村の芸術家アパート「音巴里荘」の庭。大家の阿斗理恵が大きなたらいに水を張り、洗濯板を使って住人のTシャツを手作業で力強く洗っているところ。そこへフリーランス校正者の辻さゆりが通りかかり、全自動洗濯機を使うほうが時間も労力も無駄がないのではないかと、機能面や効率性を重んじる視点から疑問を投げかける。
箱庭コント46「斜めのセロハンテープ」
(あらすじ)移動図書館の車内で、几帳面なここあん図書館司書の菜箸千夏が、カウンターで背表紙にセロハンテープを貼りながら本の修繕作業に集中しているところ。そこへ買い物帰りの姉である翻訳家の菜箸かなが立ち寄り、土のついたネギや潰れたパンの不揃いな形を愛でながら、神経質な妹の作業ペースをのんびりと乱しにかかる。
箱庭コント47「男なら3万円」
(あらすじ)飲み屋「海」の薄暗い店内。映画監督志望の青年である岸辺義道が、カウンターに佇む海ママのアンニュイな表情を名画のようだと絶賛し、カメラを構えて熱心に撮影しているところ。そこへ海ママが重厚な名曲をBGMに指定し、頭の中でパチンコの大当たりを妄想していただけだと明かして義道の熱を削ぎにかかる。
箱庭コント48「夏服を着た一行目」
(あらすじ)ここあん大学の自主映画サークル「アーヌエヌエ」の部室で、映画監督志望の岸辺義道が、洋書を顔に近づけてアーウィン・ショーの原書を格好つけて読み耽っているところ。そこへ元女子大生の南ちづるが肘をついて覗き込み、賢そうに見せかける演技ではないかと眉間のシワをからかいながら、義道の大仰な文学的ポーズに容赦のないツッコミを浴びせる。
箱庭コント49「できそこないの台本とレモンスカッシュ」|地層1
(あらすじ)古びた喫茶店で、自主映画制作に情熱を燃やす大学生の恋流波東彦が、自作の台本を差し出し、密かに想いを寄せる年上の社会人である中野あやねに出演を頼もうと構えているところ。台本を読んだあやねが、劇中の奇妙な変身シーンや吸血鬼の設定を面白がり、いたずらっぽく次々と疑問を投げかけてくる。
箱庭コント50「ダバダでダダダ」
(あらすじ)文壇アパート「常磐荘」の共同炊事場で、天才作家の朝霧沙緒が、火のつきにくい古いガスコンロと格闘しながらカップ麺のお湯を沸かしているところ。そこへ大家の娘の鴨下栞が静かに現れ、沙緒を以前歌っていたスキャットにちなんでダバダちゃんと呼び、村の不思議なおじさんと同列のように扱って神経を逆なでする。
箱庭コント51「太陽の辞典」
(あらすじ)きさらぎタウンの自宅リビングで、ここあん高校生の矢尾リリカが食後に買ってきたばかりのケーキを食べようとしているところ。そこへ小学生の弟太陽がケーキに鼻を近づけ、トイレの芳香剤と同じ匂いがすると言い放った上、近隣住民の姿から思いついた奇妙なあだ名を独自の視点で次々と披露し始め、姉を激しく呆れさせる。
箱庭コント52「シンカイアツ」
(あらすじ)編集プロダクション「ぽんちょ」のオフィスで、ライターのおはぎはんが、現場の熱量や泥臭い人間ドラマへの強い情熱について一気にまくしたてているところ。そこへ同社社員の鶴亀昌子が、ドラマの真髄なら昭和の作品だと自慢げに割って入り、古い名作ドラマの知識を持ち出して優位に立とうと持論を展開する。
箱庭コント53「ステキさんと、密林の朗読会」
(あらすじ)ここあん湖畔のブックカフェ「シズカ」のテラス席で、ここあん高校に通う矢尾リリカが、読み終えたイヴリン・ウォーの小説の救いのない結末について乾いた皮肉を呟いているところ。そこへ向かいの席に座る母の矢尾玲子が、その美しい装丁を褒めそやした上、作中の絶望的な状況を自分だけの独演会ができる最高のハッピーエンドだと独自の論理で感動して反論する。
箱庭コント54「ちょんまげ生えるわ」
(あらすじ)ここあん村の喫茶「小古庵」の店内。文芸評論家の徒然士が、自身の口癖である「ちょんまげ生えるわ」をなぜ周囲が使わないのかと不満を爆発させているところ。そこへ対面に座る女子高生の矢尾リリカが、発音するだけカロリーの無駄でコスパが悪いと冷徹に指摘し、3文字に短縮すべきだとシニカルに切り捨てにかかる。
箱庭コント55「ドーナツの穴をめぐる対話」
(あらすじ)ここあん湖畔のブックカフェ「シズカ」の店内で、取材ライターのおはぎはんが、商店会長が銅像を建てたがる理由について熱心に質問しているところ。そこへ店主で現代思想家の氷上静が、存在証明のための不在の象徴だとドーナツの穴を例えに出して解説するも、おはぎはんが極度の空腹による行動だと豪快に勘違いして割り込んでくる。
箱庭コント56「にゃでて」|地層3.5
(あらすじ)展望カフェの店内で、中野楓子がパフェをつつきながら、好意を寄せる男子学生が最近自分を撫でてくれなくなったと叔母の中野小春に相談しているところ。そこへ当の男子学生である恋流波陽が猫を抱いて偶然店内に現れ、楓子が駆け寄って自分よりも猫を優先して避けているのではないかと不満げに問い詰める。
箱庭コント57「パンは食べるものです」
(あらすじ)ここあん高校の校舎の外。女子生徒のナツメグが無表情のまま細長く縛ったタオルを蹴り上げ、文豪の随筆に記された奇妙な蹴鞠の再現実験を行っているところ。そこへ通りかかった文学少年のケニーが文庫本を手に歩み寄り、実際の蹴鞠は普通の球体であるとスマートフォンの画像や記述を示しながら素朴な疑問を投げかける。
箱庭コント58「フランスパン大好き」
(あらすじ)自宅のリビングで、主婦の矢尾玲子が買ってきた長いバゲットを掲げ、フランスの厳格な法律を引き合いに出しながら、無添加のストイックな美学を自分自身に重ねて陶酔しているところ。そこへソファで読書をしていた娘のリリカが、母にしては珍しい本質主義的な視点に少し感心しつつ、冷静にその講釈に耳を傾ける。
箱庭コント59「ブロッグとプロットの奴隷」
(あらすじ)放課後のここあん高校の空き教室が舞台。元文芸部員のケイヨウが窓の外に見える舗装歩道の材質や構造美について、世界観の解像度を上げようと細かく描写しているところ。そこへ同席する女子生徒のリリカや文芸部長の黒崎文が、無駄な描写は物語のテンポを殺す駄文であり、背景のモブとして固定されるだけだと冷徹に切り捨てにかかる。
箱庭コント60「プロローグの停滞」
(あらすじ)ここあん高校の学バス車内にて。すべてを擬音で表現する男子生徒のギオンが、窓枠の振動をオノマトペで呟いたところ。そこへ修辞にこだわるケイヨウがエンジンの震えを詩的かつ長大に描写し始め、さらに名言を好むイチギョウが哲学的な一言を挟み、物語のプロローグとしての強度や中だるみについて互いに持論をぶつけ合う。



