箱庭コント161「おむすびへんてこりん」
(あらすじ)ケーキ屋「タンバリン」の店先で、不思議おじさんのダダダさんと無意味の侵入者へんてこさんが、脈絡のないやり取りを交わしている。店主である丹波りんが店から現れ、店の前で意味の喪失した空間を作るとケーキが溶けてしまうと苦言を呈し、へんてこさんの奇妙な言動に苛立ち混じりで問い詰める。
箱庭コント162「ベルサイユのスクワット」
(あらすじ)自宅の洗面所で、ステキさんこと主婦の矢尾玲子が高級ドライヤーで髪を乾かしながらスクワットを行い、美しさを同時に高める究極のタイムパフォーマンスだと陶酔している。歯磨きをしに現れた高校生の娘リリカが、上下運動で熱の伝わり方が狂い髪を傷めるだけだと、冷徹な物理的根拠を突きつけて母の自己満足を容赦なく切り捨てる。
箱庭コント163「鮎より青く」
(あらすじ)シェアハウスのリビングで、脚本担当のえんぴつが、机の上に置かれたフランス装の本の封印を今日こそ解こうと、神聖な儀式に臨むような悲壮な決意を固めているところ。そこへ映像編集担当のハサミが呆れ顔で立ち会い、えんぴつが高く振りかざしている道具がペーパーナイフではなく前日に買った鮎の焼き菓子であると冷徹に指摘し、現実逃避を突っ込む。
箱庭コント164「SDGirls」
(あらすじ)ここあん大学の地下ラウンジで、古生物学専攻の大学院生花野環奈が、約束の時間に28分遅れて到着し、その遅刻を地質学的な歴史から見れば許容されるべき些細な誤差だと開き直る。待ち受けていた院生の篠田律と平泉慧が、他者に不利益を生んでいると指摘し、物理法則や熱力学の観点から環奈の苦しい言い訳を徹底的に論破にかかる。
箱庭コント165「漱石にちょんまげナール」
(あらすじ)ここあん村の喫茶「小古庵」のカウンター席。大学講師の徒然士が夏目漱石の小説を開き、作中の「ナール」という表現に込められた思考の余白や文学的な様式美の深さを熱っぽく語っている。同席する講師の三成ミツヒデや校正者の辻さゆりが、発話秒数やカタカナ表記の効果を持ち出して分析を始め、アルバイトの東山キイロも素朴な疑問で揺さぶる。
箱庭コント166「酔酔亭馬楼の漢字入門」
(あらすじ)放課後の路上で、ここあん高校文芸部部長の黒崎文が部員たちと歩きながら、小説に出てきた「闖入者」という漢字について、作者がそらで書けないまま使っている薄っぺらな表現だと難じている。千鳥足で通りかかった落語家の酔酔亭馬楼が、開いていた門の鉄扉に顔面から激突して派手に転び、漢字の成り立ちを身をもって体現してみせる。
箱庭コント167「ちょんまげの逆襲」
(あらすじ)ここあん大学の地下ラウンジ。文芸評論家の徒然士が、自身の口癖である「ちょんまげ生えるわ」について、同僚講師の三成ミツヒデから客観的な使用頻度や頭髪データをもとに現実逃避だと容赦なく論破されている。ドイツ文学翻訳家の向原佐和が現れ、翻訳で行き詰まっていた冷たい理性の檻を打ち砕いて救ってくれたと深く感謝を述べる。
箱庭コント168「雪虫と防衛線」|地層3
(あらすじ)自宅の書斎で、ここあん大学講師の氷上静が読書に耽っている。部屋に入り浸る大学生の恋流波陽が窓の外を舞う雪虫を見つけ、冬の妖精のようだとロマンチックな雰囲気を漂わせて背後から接近してくる。静は感情の揺らぎを警戒して距離を取り、分厚い図鑑を開いて昆虫の生態や生存戦略を冷淡に並べ立て、理性の防衛線を死守しようと対抗する。
箱庭コント169「ミモフタさんと蓋のない世界」
(あらすじ)ここあん湖畔のブックカフェ「シズカ」のカウンター席。他者の自意識を身も蓋もない言葉で解体することに悦びを感じているここあん大学講師の三成ミツヒデ。ここあん高生の天野光が駆け寄ってきて「ミモフタさん」と呼びかけ、難しい話を分かりやすく教えてくれる優しい人だと無邪気に全肯定し、解剖医としてのプライドを激しく揺さぶる。
箱庭コント170「翠の『てへっ』は文化財」
(あらすじ)役場の村長執務室で、ここあん村村長の緑野翠が人口統計資料を前に、村の登録人口150人以外の数千人はただの炭素の塊であり風景に過ぎないと強引なマイルールを主張している。同席する大学講師の三成ミツヒデが、都合よく外部の消費を頼る村長の見栄っ張りな設定こそが最大のバグだと身も蓋もなく冷徹に要約し、容赦なく追い詰める。
箱庭コント171「コンクリにめりこむ主人公」
(あらすじ)ここあん高校の空き教室で、文芸部員の堂島巧が、提出された小説原稿の空間設計や物理的描写の矛盾を検証している。作者である元文芸部員のケイヨウが、主人公の孤独や魂の飛翔を表現した高度な比喩だと反論し、物理法則の整合性よりも行間の美しさや情緒を優先すべきだと熱弁を振るってくる。
箱庭コント172「四角い丸」
(あらすじ)ここあん湖畔のブックカフェ「シズカ」のカウンター席。校正者の辻さゆりが本を読みながら、「丸く収める」という慣用句が使われなくなった現状を振り返る。店主で現代思想家の氷上静が、円満な解決とは全方位を塞がれた八方塞がりの密室を作ることだと持論を展開し、あえて角を立てるべきだと説いてくる。
箱庭コント173「ボランティア、太陽の法則」
(あらすじ)ここあん湖畔の広場で、ここあん村村長の緑野翠が、花壇の植樹ボランティアを完璧な行政ショーにしようと、苗の間隔やスコップの角度を厳しく統制している。参加者のここあん大学生中野楓子や恋流波陽が、善意をピラミッド型の権力に従属させるやり方に息苦しさを感じ、誰のための活動なのかと戸惑いや不満を漏らし始める。
箱庭コント174「悪魔のような模造紙」
(あらすじ)ここあん村の居酒屋「ここきた」のカウンター席。映画監督志望のここあん大学生岸辺義道が、昭和の名作ドラマ『悪魔のようなあいつ』の型破りな演出を孤高の前衛芸術だと興奮気味に語っている。同席するサークル仲間の父恋流波東彦が、当時のテレビ特有の過剰なサービス精神や悪ノリに過ぎないのではと、リアルタイム世代の実感を交えて突っ込んでくる。
箱庭コント175「ベイビー、どん底クライ」
(あらすじ)編集プロダクション「ぽんちょ」のオフィスで、社長の古河モン太郎が、名作映画『ボーイズ・ドント・クライ』の主演女優ヒラリー・スワンクが見せた剥き出しの演技を魂の叫びだと熱っぽく称賛している。休憩中の校正者・辻さゆりが、その女優が過去に人気ドラマを途中降板させられたどん底の挫折歴を語り始め、そこから舞い込んだ運命的なオーディションの裏話を明かしてくる。
箱庭コント176「映画マニアのモアベターな黄昏」
(あらすじ)ここあん大学の自主映画サークル「アーヌエヌエ」部室。映画監督志望の学生聖林太郎と岸辺義道が、「映画の話厳禁」の張り紙を無視して映画人の名前によるしりとりで張り合っている。後輩部員の遠藤薫子が、文法を省いた不格好なうんちく自慢だと冷ややかに指摘し、圧倒的な特撮・映画知識を駆使して自らも勝負を挑んで口を挟んでくる。
箱庭コント177「すべてが名言の女」
(あらすじ)ここあん湖畔のブックカフェ「シズカ」の窓際席。凄腕校正者の辻さゆりが、原稿用紙に書かれた陳腐で不正確な比喩表現を単なるノイズだと切り捨てて赤字を入れている。向かいの席でビールを飲む翻訳家の菜箸かなが、歪んだ言葉にこそ人間の本当の姿が宿っていると語りかけ、厳密な正しさに縛られるさゆりの姿勢を穏やかに揺さぶりにかかる。
箱庭コント178「情熱のブラ汁」
(あらすじ)椎名町三丁目の古民家「ものがたり屋」店内。フリーライターのおはぎはんが、サッカーの試合に向けて気勢を上げるべく、自作のブラジル料理を作ろうと意気込んでいる。しかし、おはぎはんの料理の構想は、肉の代わりに鍋の中でブラブラ揺れる具材のイメージから、次第にただのおでんへと迷走していく。店主の真田まるが、優しいながらも冷静な突っ込みを入れる。
箱庭コント179「気にすんなの魔法」
(あらすじ)ここあん図書館の館内で、完璧主義者の館長高島雅也が、掲示物の文末にあるわずかな漢字の変換ミスに気づき、組織の秩序を損なう失態だと深刻に苦悩する。副館長の真木まきがコーヒーを手に現れ、そんな些細なことは誰も気にしていないとあっけらかんと励まし、これまで寛容を経験してこなかった高島を激しく動揺させる。
箱庭コント180「続・気にすんなの魔法」
(あらすじ)ここあん図書館のカウンターで、副館長の真木まきが、ある人物に「気にするな」と声をかけたら人生で初めて言われたと驚かれた出来事を主任司書の菜箸千夏に話している。千夏も自身の脳内を検索して言われた経験がないと認め、失敗を許容する言葉が入り込む余地のない村独自の人間関係や生態系について二人で分析を巡らせ始める。



